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富裕層に意識変革を促す、ある判決

2023.02.22公開

「路線価否定判決」の波紋

2022419日、3年におよんだ不動産取得を利用した節税スキームの是非を問う裁判に決着がついた。いわゆる「路線価否定判決」として、テレビや新聞でも大々的に報じられ、話題を呼んだので、ご存知の方も多いだろう。判決の日、結果によっては、今後、不動産を活用した相続税対策がしにくくなる、あるいは監視の目が厳しくなるやもしれないということで、多くの関係者が傍聴に駆けつけ、あっという間に満席になったほどだ。

「路線価否定」の判決が下りると、かなりの波紋を呼び、SNSなどでも、勝訴した国税当局に疑問を投げかける声が散見された。しかし、それらのそれらの投稿を見た時、そもそも、原告である相続人Aさんが、かなりやり過ぎの節税をしたことが背景にあるということが、あまり知られていないことを私は知った。

やりすぎ節税の報い

相続人Aさんがとった行動のあらましを簡単に説明したい。

被相続人で資産家のBさんは、89歳の時、金融機関に頼んで相続税の診断を行った。すると多額の相続税が発生することを知り、同年に孫のAさんを養子とする養子縁組を行って、90歳の時に、14億円を投じて自分名義の不動産2棟を購入した。将来は孫Aさんに相続する旨の遺言書を残し、94歳で死亡。不動産と債務を相続した孫Aさんは相続申告前に2棟のうち1棟を売却し、借金の返済に充当した。14億円の不動産は路線価申告評価額が3.3億円だったことから、10億円も評価を下げ、相続税は0円で申告した。

Bさんがとった「孫を養子縁組して、息子が負うべき相続税の課税機会を一度飛ばしたこと」や、Aさんがとった「路線価評価に基づく相続税の申告と、それにより相続税が0円になったこと」、「祖父が亡くなってすぐに不動産を売却したこと」、これら一つ一つに法令違反があったわけではない。しかし、こうした一連の行動の背景には、「節税目的」があったことは誰の目にも明らかだったと言える。一言で言えば「やりすぎ」。税務署も看過できないほど目立った行為だったと思う。

裁判所は、不動産の取引額と乖離のある路線価評価ではなく、不動産鑑定士による計算を依頼し、Aさんに相続税24,000万円、他に加算税と延滞税の課税処分を下した。

富裕層はより長い視野で資産運用を

資産税に詳しい、税理士の渡邉雄一先生は、こう解説する。

「国税庁は大量の税務申告を処理するために路線価と算出方法を活用し、万人を平等に取り扱うとしています。しかし、この方法を一律に適用すると、かえって納税者の不公平感を生じさせる可能性があり、著しく不適当と思われる場合は、国税庁長官の指示を得て評価するとしています」

つまり国税庁や税務署が、一般国民の代理人と考えると、この判決は十分納得できるものなのだ。

しかし取材した多くの富裕層はそうは思わなかったようで、「これを機に、今後ますます富裕層への規制や増税は増えると思う」と語った。その中の一人は、「いずれにしろ、資産家であれば、突発的な税金対策ではなく、長期的な視野で、ファミリーの永続繁栄を考えた承継や運用、さらには子供への教育と人脈の引き継ぎが大切だと思う」と語った。

※本記事は「武蔵TIMES 令和4年/7月号 vol.099」(発行:武蔵コーポレーション)に掲載された「吉松こころの不動産最前線」に加筆修正を加えたものです。