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【Vol.4】吉松こころの Go There,Be There「職人が本来の仕事に集中できる環境をどう作るか?」

2023.06.07公開

<著者プロフィール>
暮らしジャーナリスト・吉松こころ
1977年鹿児島県伊佐市(旧大口市)生まれ。 全国賃貸住宅新聞社に勤務。取締役を経て、2015年に独立。 不動産業界向けのミニ通信社、株式会社HelloNewsを立ち上げ、不動産・建築業界で生きる人々を取材している。

簡単に言う「見積もり出しといて」

いい場面を見た。

週末に都内で開催された「家づくりセミナー」での一コマだった。

もう3年、茨城で土地探しからの家づくりをしているという若い男性が、工務店の社長にこんな質問を投げかけた。

「家を作り始めて3年、現場で働く職人さんの確保と待遇の改善がいかに重要かをまざまざと知りました。今後、この問題はどうなっていくのでしょう」。

なんと返すのだろうか。工務店の社長を見た。

「私自身が職人上がりなので、現場で職人をいじめるようなことはしたことがないですが…」と前置きをした上で、彼はこんな話をした。

「これはお施主様である皆様にもお願いしなければいけないことなのですが、できるだけ安くしたい、一生に一度の自由設計だからあれもこれも試したい、という気持ちもよくよくわかるのですが、簡単に再見積もりを出すことについて考えてほしいのです」。

家づくりが始まると、「やっぱりこうしたい」「ああしたい」というのが出てくる。

人生で一番といっていい大きな買い物だ。当然といえば当然である。

そうした時、すぐに再見積もりを依頼するけれど、木造の戸建住宅の場合、右から左で簡単には作れない。現場仕事を終えた職人が材料や工期を再計算し、メーカーにも問い合わせをしたりして、作り直す。しかし提出すると、あらかた「予算オーバーなんでやりません」となる。

そして、その見積作成に費やした時間の労務費を請求できるかというと、100%できない。

「人の手が動く」ことには費用がかかる

「みなさんにもご理解いただきたいのは手作りのものを作っているということなんです。家は、Amazonでパンパンとモノを買うようなものではありません。見積もりだって相応の時間がかかるんです。その辺りの理解が進めば、職人さんたちは本来の自分の仕事に集中できるようになると思います」。

社長がそういうと、家づくり真っ只中だと話したその男性は、「わかりました。ありがとうございます」と返した。会場には温かい拍手が起きた。

その光景を見ていて、業界新聞に勤務していた頃を思い出した。

あの頃、しょっちゅう、広告原稿を作っていた。

「広告を出してくれたら、デザイン料はいただきません。ただで作ります!」

と、得意げになって出稿主に営業していた。

広告を受注すると、デザイン会社に電話して、「3つ4つデザイン案を出してよ」「違う色も見たいから何パターンか頼むよ」と言い、上がってきたデザインには、「もっとなんかパンチの効いた感じにならんの?」と曖昧なことを言って突き返していた。

自分達が帰宅する前に修正の指示を出し、当然、翌朝までには出来上がっていると思っていた。

今思えば色々なことが間違っていた。

デザイン会社へ支払う費用は新聞社で負担していたが、本来であれば、広告出稿主に正当に要求して良いものだし、デザイン会社への対応に至っては、ハラスメントそのものだ。

世の中では「賃上げ」が叫ばれているが、それは経営側の努力だけでは実現しないと思った。

発注者、顧客側の意識も変わり、人の手が動くことには費用がかかることを受け止めなければいけない。そして私がみた工務店の社長のように、そのことをしっかりと顧客に説明する企業側の姿勢も必要だと感じた。